昔(リブランド前)のTAOYA和倉を徹底紹介

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昔のTAOYA和倉

TAOYA和倉に泊まった方、これから泊まる方の中には「昔のTAOYA和倉ってどんな感じだったのかな?」と気になっている方もいらっしゃるでしょう。

そこで今回はTAOYA和倉の前身・湯快リゾート金波荘に6~7回泊まったことがある私が昔のTAOYA和倉を徹底紹介したいと思います!

目次

TAOYA和倉の元の名前は湯快リゾート金波荘

TAOYA和倉はリブランドする以前は「湯快リゾートプレミアム金波荘」という名でした。

2024年11月、湯快リゾートは大江戸温泉物語とブランド統合しました。

湯快リゾート系列のホテルになる以前は「金波荘 今昔振舞」という名でもあったようです。

同じ和倉温泉内には「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で36年連続1位を獲得したことがある加賀屋があります。

プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選 公式Webサイト

最盛期の「金波荘 今昔振舞」はその加賀屋と張り合っていたと言います。

館内図

金波荘の時代

湯快リゾート金波荘の時代は「立山棟」「白山棟」「高州山棟」の3棟からなる旅館でした。

ゆかいタロー

立山棟は震災(2024年1月1日)の際、損傷が激しく解体されました。

現在(TAOYA和倉)

現在は、「白山棟」「高州山棟」の呼称は無くなったようです。

外観

金波荘の時代

和倉温泉 湯快リゾート金波荘
ゆかいタロー

赤い破線で囲んだ部分が解体された立山棟です。

解体された建物(立山棟)には露天風呂「あすなろ」もありました。

今はなき露天風呂「あすなろ」

現在(TAOYA和倉)

正面玄関

金波荘の時代

湯快リゾート金波荘

以前は純和風旅館の趣きでした。

現在(TAOYA和倉)

現在はスタイリッシュな洗練された趣きです。

館内

金波荘の時代

現在(TAOYA和倉)

ゆかいタロー

スタイリッシュに変身しました。

金波荘の時代

お祭り広場のような賑やかな空間でした。

現在(TAOYA和倉)

エレガントな「大人の空間」に生まれ変わりました。

金波荘の時代

現在(TAOYA和倉)

金波荘の時代

お子さん向けのゲームコーナーです。

現在(TAOYA和倉)

ゲームコーナーはビリヤード・卓球コーナーに変わりました。

金波荘の時代

金波荘の時代はキッズコーナーや漫画コーナーもありましたが、現在は姿を消しています。

大浴場

金波荘の時代

金波荘の時代は和倉温泉の開湯秘話が記された金屏風とシラサギの銅像が飾られていました。

和倉温泉の起源は、和倉に暮らしていた漁師夫婦がぶくぶくと泡立っている海中で傷ついたシラサギが身を癒している姿を発見したこと、だそうです。

現在(TAOYA和倉)

客室

金波荘の時代

和室に布団という典型的な和風旅館の趣きでした。

壁に掛けられた額縁にも「和」と書かれていますね(笑)。

現在(TAOYA和倉)

和室にベッドが設置された「和モダン」な客室になりました。

レストラン

金波荘の時代

金波荘の時代、レストラン名は四季彩という名でした。

レストラン内はお祭り広場のような装飾が施されていました。

現在(TAOYA和倉)

レストランは「Calme(カルム)」という名に変わり、内装も一新されました。

能登の海をイメージし、静かで穏やかな様子を表現しているのだそうです。

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この記事を書いた人

旅&温泉好きのおじさん。コスパの良い宿を起点に観光地をめぐるのが定番スタイル。大江戸温泉物語の宿がお気に入り。死ぬまでに全47都道府県を巡れたらいいなぁ~。

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